乳がんとは
乳がんは、乳腺組織にできる悪性腫瘍です。
幅広い世代の女性に見られますが、特に30〜60代の方に発症することが多く、一般的ながんと同じく予後に関わる病気です。一方で、初期に見つけて治療を早く始めることで完治も望めるという特徴がありますが、初期症状に乏しいため、超音波検査やマンモグラフィなどの乳がん検診を定期的に受診することが欠かせません。
乳がんの症状
乳がんの特徴的な初期症状として、しこりが挙げられます。その他、下記のような症状を呈する場合があります。
ただし、早期乳がんは症状があまり見られないため、症状のないことが乳がんの否定に繋がるわけではありません。
しこり
自己検診で乳房に硬さを感じるしこりに触れた場合は、乳がんによるものかもしれません。ただし、異常がなくても似たような感じがすることもあり得るため、自己判断は危険です。
しこりに気付いたら、早期に医療機関をご受診ください。
乳房の形の変化
乳がんができると乳房が大きくなる場合があるため、乳房サイズの左右差や違いに変化がないか確認することが重要です。
乳がんの原因
現時点で、乳がんを引き起こす原因は明確ではありません。しかし、下記に示す様々なことが重なり、がんが生じるのではないかと見られています。
該当する要因が多い場合、乳がんの発症リスクが高いと考えられます。
- 親子や姉妹など血縁の近い家族が乳がんである
- 第1子の出産が遅かった
- 出産したことがない
- 授乳の経験がない
- 初潮が早く始まった
- 閉経するのが遅かった
- 閉経後に体重が増えた
- お酒を飲む機会が多い
- 良性乳腺疾患にかかったことがある
※良性乳腺疾患とは、線維腺腫、乳管内乳頭腫、葉状腫瘍、乳腺症などが該当します。
乳がんのステージと生存率
乳がんのステージとそれぞれの生存率をお示しします。
ステージ | がんの状態・転移の状況 | 5年純生存率 | 10年純生存率 |
---|---|---|---|
0期 | ・がんが乳管の中に留まる、またはパジェット病 ・極めて初期のがん |
100.00% | (100.00%) |
Ⅰ期 | ・しこりのサイズが2cm以下 ・リンパ節や他の部位に転移が見られない |
98.9% | 94.1% |
ⅡA期 | ・しこりのサイズが2cm以下で、同側の腋窩リンパ節は可動性がある ・しこりのサイズが2~5cmで、他の部位やリンパ節への転移が見られない |
94.6% | 85.8% |
ⅡB期 | ・しこりのサイズが2~5cmで、同側の腋窩リンパ節に転移を認め、リンパ節には可動性がある ・しこりのサイズが5cm以上で、リンパ節や他の部位への転移がない |
||
ⅢA期 | ・しこりのサイズが5cm以下で、同側の腋窩リンパ節に転移を認め、リンパ節は固定されているかリンパ節同士の癒着がある ・腋窩リンパ節への転移は見られないが胸骨内側のリンパ節に転移が認められる ・しこりのサイズが5cm以上で、同側の腋窩や胸骨のリンパ節に転移が認められる |
80.6% | 63.7% |
ⅢB期 | ・しこりのサイズやリンパ節転移の状態を問わない ・がんが胸壁から動かず、皮膚の崩れやむくみ、皮膚に現れるしこりを認める |
||
ⅢC期 | ・しこりのサイズを問わない ・同側の腋窩リンパ節と胸骨内側のリンパ節共に転移を認める ・鎖骨上下のリンパ節に転移を認める |
||
Ⅳ期 | ・しこりのサイズやリンパ節転移の有無を問わない ・脳、骨、肺、肝臓など他の部位への転移を認める |
39.8% | 16.0% |
乳がんの治療
初期治療法
乳がんと分かってから、初めて受ける治療です。
初期治療には、乳がんやその周辺に対して行う手術や放射線治療などと、全身に対して行うホルモン療法や抗がん剤治療などがあります。
乳房の手術療法
乳がんができている乳房の手術方法には、下記の種類があります。
乳房温存手術
腫瘍とその周辺部分の切除を行い、乳房をできるだけ残す手術法です。
乳房切除術
大胸筋や小胸筋という胸の筋肉はそのままで、乳首部分も含めて乳房全体を摘出する手術法です。
乳房再建手術
患者様ご自身の身体の一部や人工乳房を使って、乳房を作る手術法です。
腋窩リンパ節の手術療法
乳房のがん細胞がリンパ管を通って腋窩リンパ節へ運ばれたと見られる場合に、乳房の手術と同時に実施します。
センチネルリンパ節生検
センチネルリンパ節は、リンパ管を流れるリンパ液が最初に到達するリンパ節のことです。
乳がんの手術の時に、生検によってセンチネルリンパ節への転移が否定されれば、腋窩リンパ節の手術は行いません。
腋窩リンパ節郭清
リンパ節を周囲の脂肪組織ごと切除します。大胸筋の裏にあるリンパ節も切除する場合があります。
薬物療法
乳がんは、お薬による治療の効果が期待できる疾患です。
手術で取り除いたがんのタイプや生検で確認した組織の性状から、下記の種類のお薬を選択します。
ホルモン剤
ホルモン剤を用いることで、女性ホルモンと結びついて増えていくがんを抑制します。
抗がん剤
抗がん剤を使用すると、細胞が増殖する仕組みが働きにくくなります。がん細胞は増えていくスピードが早いので、抗がん剤の有効成分が取り込まれやすいという性質を活かして行います。
分子標的治療薬
HER2と呼ばれるタンパク質ががん細胞の表面にあるタイプに効果的な治療薬です。
お薬がHER2と結合することで、がん細胞が増殖することを防ぎます。
放射線治療
乳房温存手術を受けた方の再発予防を目的に行う治療です。そのため、乳房温存手術の術後には、原則として放射線治療が実施されます。
その他、放射線治療が選択されるものには、手術を行った箇所近辺で再発しやすいと考えられる場合、複数の場所にリンパ節転移がある場合などが挙げられます。
乳がん術後のフォロー
乳がん術後にフォロー必要な理由
手術によって乳がんを取り除いても、がん細胞が体内に残っていないとは言えません。術後に適切な治療と組み合わせることが、再発防止に繋がります。
非浸潤がんだった場合
乳房温存手術を行った時は、放射線治療を実施します。
また、手術後に周囲への広がりが病理検査によって判明した場合は、次の見出しの「浸潤がんがあった場合」と同じように行います。
浸潤がんがあった場合
乳がんを遺伝子の性質によってサブタイプに区別して、それぞれに適した薬物療法を選択します。
サブタイプ別の治療法
乳がんの再発を防ぐためにも、サブタイプに合わせた薬物療法の実施が重要です。
ホルモン受容体陽性 | ホルモン受容体陰性 | ||
---|---|---|---|
HER2陰性 | 低増殖能 | ルミナールA ホルモン剤による治療を行います | トリプルネガティブ 抗がん剤による治療を行います |
高増殖能 | ルミナールB(HER2陰性) ホルモン剤と抗がん剤を組み合わせて治療を行います | ||
HER2陽性 | ルミナールHER2 ホルモン剤、抗がん剤、分子標的治療薬を組み合わせます | HER2タイプ 抗がん剤と分子標的治療薬を組み合わせて治療を行います |
Luminal A (ルミナールA)
原則、ホルモン剤による治療を行います。
乳房温存手術を行ったケース、乳房切除手術を行い複数のリンパ節転移があるケースなどでは、放射線治療も実施します。また、手術後にルミナールBであることが分かった時には、抗がん剤による治療を行う場合があります。
Luminal B (ルミナールB)
原則、ホルモン剤と抗がん剤を組み合わせて治療を行います。
放射線治療も行うケースでは、抗がん剤による治療が先に行われます。ホルモン剤は、放射線治療と同時期に使用することができます。
乳がんの進み方によって、分子標的治療薬を用いる場合もあります。
Luminal HER2 (ルミナールハーツー)
原則、ホルモン剤、抗がん剤、分子標的治療薬を組み合わせて行います。
放射線治療も行うケースでは、抗がん剤による治療が先に行われます。ホルモン剤は、放射線治療と同時期に使用することができます。
また、術前治療で抗がん剤による治療を受けた時には、手術後にホルモン剤と分子標的薬による治療、放射線治療などを実施します。
HER2 (ハーツー)
原則、抗がん剤と分子標的治療薬を組み合わせて治療を行います。
放射線治療も行うケースでは、抗がん剤による治療が先に行われます。
また、術前治療で抗がん剤による治療を受けた時には、手術後に放射線治療と分子標的薬による治療を実施します。
Triple Negative (トリプルネガティブ)
原則、抗がん剤による治療を行います。
放射線治療も行うケースでは、抗がん剤による治療が先に行われます。
術前治療で抗がん剤による治療を受けた時には、手術後に放射線治療を実施します。
術後の再発治療
乳がんの手術を受けた後には、再発を予防するために多様な対策を実施します。
また、再発や転移が判明した時には、がんの性質に合わせた治療を選択することが重要です。なお、再発箇所が限られるか、離れた部位へ転移が見られるかによって、治療方法が異なります。
局所再発
再発箇所が限られる時は、原則として乳房切除術による再手術が選択されます。
また、初回に放射線治療を行った場合は、基本的に同じ箇所に放射線治療は施行されないため、再発の治療に取り入れられることはありません。ただし、疼痛緩和を行う時、他の場所に転移が見られる時には、放射線治療を実施するケースもあります。
遠隔転移
他の場所への転移が見られる時は、全身を対象とした薬物療法が選択されます。乳がんの場合、骨、リンパ節、脳、肺、皮膚、肝臓などに転移することが多いと言われています。
また、乳がんの転移では、微細ながんが全身に広がっている場合が多いため、手術による切除よりも全身を対象とした治療が行われます。
遠隔転移を認める場合、がんの完治は難しく、治療の最大の目的は、症状に対処しながら患者様の生活の質を高めることです。心身の苦痛やつらさが強い時には、緩和療法も選択肢に挙げられます。
遺伝性乳がんについて
以前より、家系的にがんの発生が多いケースがあることが認知されており、遺伝子の異常によって、発症しやすいがんの存在も広く知られるようになりました。乳がんに関してもがんになりやすい遺伝子の異常が解明されるなかで、BRCA1とBRCA2遺伝子の変異が最多であることが分かってきました。
HBOC(遺伝性乳がん卵巣がん症候群)
BRCA1または2の遺伝子に変異が生じることで、乳がんや卵巣がんにかかったり、発症しやすい状態になったりすることを遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)と言います。
BRCA1または2の変異によって、乳がんは全体の3〜5%、卵巣がんは10〜15%発症すると考えられています。さらに、2つの遺伝子のうちどちらかに異常が生じると、80歳までの期間で乳がんはおよそ70%が、また、卵巣がんはBRCA1の異常で44%、BRCA2の異常で17%が発症すると見られています。
BRCA1/2 遺伝子診断
現在、乳がんが判明した患者様は、保険診療でBRCA両遺伝子の診断を血液検査で実施できるようになっています。保険適用となるのは、以下のケースです。
- 45歳以下で発症した乳がん
- 60歳以下のトリプルネガティブタイプ
- 第1〜3度近親者の乳がんまたは卵巣がんの家族歴がある
- 男性で乳がんを発症
- 複数の原発性乳がんの発症
- 卵巣がん、卵管がんおよび腹膜がんの既往歴がある
- 従来のPARP阻害薬オラパリブに対するコンパニオン診断の適格基準を満たす場合
※第1〜3度近親者:両親、兄弟姉妹、子ども、祖父母、おじ、おば、甥、姪、孫、従兄弟など
また、2022年から新規オラパリブが、早期乳がん患者様でBRCA1または2の遺伝子に異常が見られ、HER2陰性で再発リスクが高い方に対して、手術後の治療薬として保険適用になったことで、BRCA両遺伝子の検査を希望される方の増加が見込まれます。
検査費用は、3割負担の場合およそ60,600円かかりますが、高額療養費制度の対象となります。